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あすなろ物語 (新潮文庫)

井上 靖
おすすめ度:★★★★★
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老年の今、三度目の読書でようやく「読了」ができた
おすすめ度 ★★★★★

ふとしたきっかけで、昔、少年の頃と青年の頃と2回読んでいた本書をまた読み直した。そして、気がついたことがあった。文庫本の宣伝文には自伝的小説としばしば書かれるが、それは、この本の特徴を誤解させている。井上さんは、明日は檜になろうという「人間全てあすなろ」仮説をもってこの本を書いたのである。そのことの意味を今回ようやく読みとったのである。

この本は六つの章からなるのだが、少年の頃読むと、少年鮎太を描く二章までが面白くあとは流してしまう。青年の頃読むと、最後まで一応、筋を追えるが、中高年時代を描く五章、六章あたりへの関心は薄れがちである。それに、各章に登場する個性的な女性を追って読むことも出来る。

しかし、今回読んみて、肝心なところが最終章にあることに気がついた。あすなろ仮説は、ここにおいて収束するのである。すなわち、終章の冒頭、こう書かれている:「明日は何ものかになろうというあすなろたちが、日本の都市という都市から全く姿を消してしまったのは、B29の爆撃が漸く熾烈を極め出した終戦の年の冬頃からである。日本人の誰もがもう明日と言う日を信じなくなっていた」と。終戦間際になると、戦争を遂行する日本という国の不条理を誰もが無意識のうちにでも感じていて、希望というエネルギー源を無駄に燃やし尽くしてしまい、夢をもてなくなっていたのである。

また、同じく終章で戦争が終った末尾近くでは次のごとくである:「気付いてみると、あすなろは今や、オシゲと並んで歩いて行く彼の周囲にもいっぱい氾濫していた。・・・人々は誰も彼も、自分をのし上がらせるために血みどろになっていた。僅か十ヵ月足らずの間に、すっかり世の中は変っていた」と。誰も彼も、多様な夢を持ち、新しい生活を作り出せることを喜んでいた。中には、抜け駆けして一攫千金をねらう輩もいたのだけれど、それに止まらず、檜になることが可能になったのであった。

終戦を挟んだこの大きなギャップをあすなろに掛けて描いて見せたこの本は、実は、極めて現代的なのかも知れない。あすなろが駆逐されようとする現代の閉塞を打ち破って、あすなろを氾濫させる必要がある。あの戦争直後の、夢と希望に満ちた時代を、現代風によみがえらせること、それがいかに重要かを、私は「あすなろ物語」を最後までしっかり読んで掴んだのである。六十歳の半ばにして、私はこの本をようやく読了した。




「あすなろ」ってなんだろう?
おすすめ度 ★★★★☆

「あすなろ」ってなんだろう?
と、ずっと思ってました、恥ずかしながら。
「あすなろ白書」とか「あすなろ日記」とか有るじゃないですか。
なんとなーく、「切ない」とか「実らない」とかかな〜とか、勝手に想像していました。

答え:翌檜とかいて「あすなろ」という木の名前。明日は檜になろう檜になろうと思っているが、一生それは無理な話。

その若者は「あすなろ」なのか「本物なのか」?
本書は、繰り返し使われる「あすなろ」の原点かな?



冴えわたる描写
おすすめ度 ★★★★★

たしか小説家はたった一文を書きたいがために、物語を考えるといいます。僕はこの作家もそういう動機で小説を書いているのではと、勝手に考えます。たとえばこの中では第一作目、深い深い雪の中での加島と冴子の心中の場面。または星の植民地での月見の場面。これらはまるで剃刀の刃のように冴え渡り、読者に強烈なイメージを与えてくれる。そういえば「氷壁」の小坂の荼毘の場面もそうです。井上靖とはそういう作家だと思う。われわれの想像力を目いっぱいに刺激し、まるで映画を観たような、いや、まるで実体験であったかのような読後感がある。それぞれの作品も適度な長さで読み易いが、ただ残念なことは、生活の臭いがすこし希薄だったように感じます。戦争もそうですし、妻帯したあとの家庭の臭いが感じませんでした。



克己心
おすすめ度 ★★★★★

 私はこの本の中では、第一章の「深い深い雪の中で」が一番好きである。

 その中で主人公の少年に大学生が語った克己心に関する説明が強く印象に残っている。自分も克己心の強い勉強ができる人になろうと思った。



雑踏の中にある孤独と高揚
おすすめ度 ★★★★★

井上靖氏の自伝的小説であり「しろばんば」以後、という見方もできる。
ただし完全な自伝ではなく、虚構を交えている。

6部構成の物語は、主人公・鮎太の少年時代から成人時代までを年代順に追ってゆく手法。
そこに太平洋戦争終戦までの時代のうねりを重ね合わせ、それぞれの時期に出会った人々の姿を、
鮎太の目から印象的に映し出している。
檜になりたくても、決してなれない翌檜の木を比喩として、懸命な生を仮託する。

多くの人との交わりを通じ、雑踏の中にある孤独と、高揚を同時に描き出している。
最終章における、廃墟から立ち上がろうとする逞しい人々の姿の描写には、
井上靖氏の中にある人間愛の形を見るような気がする。

人はそれぞれ孤独であり、それゆえ時に狂おしいほど人を求め、奇妙に交錯しながら明日を探す。
井上靖作品の中に共通して見られるテーマだと思うが、あすなろの木の姿によって、それが象徴的に描かれている。


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