死に甘い香りが付き纏うのはなぜおすすめ度
★★★★☆
主人公の「私」の心の裡と同期を取るかのような、風景描写。
愛するものの死期を悟り、死別があるからこそ、今いる二人の時間を輝かせているのだと思いに至る「私」。
70余年前の恋人たちは死別の悲しみですら奥ゆかしい。しかし、恬淡としている二人にもどかしさすら覚える。日常の中にずっと死が身近だった頃では、生きることへの諦観もあったのかもしれない。
現代に目を向ければ、死に対しもっと直情的に悲しみを訴える『セカチュー』なんかどうだろう。
日本人の心が変質してきたことを隔世の観をもって気付くのです。
切迫したゆるやかさおすすめ度
★★★★★
くどいほどの情景描写に飽きてしまって
読みきることができなかった10年前
わたしはまだわくわく未知の世界志向の
若者であった。
時は過ぎ読まれることなく
そのまま押入れにしまわれていたこの本の
情景描写のなんとうつくしいことか。目に見えるよう。
季節の移ろい、咲いては枯れる花、川、森、水車。
小さな村のなかでみる風景の移り変わりはそのまま
心情としてまさに自然に読み手の心に染み渡ってくる。
これは著者の文章のうまさ、構成のうまさ、そして
テーマに対する誠実さの証だと思う。
いとしき病人との淡々とした生活のなかで
迫り来る死を確信しながら切ないほど淡々とした描写で
描き出されてゆく二人の愛の形。
それは不思議なほどゆるやかに、やるせないけれど落ち着いた、
微妙な線をなぞっているように感じる。
だからこそ真に迫っているのだとも思う。
これはただの恋愛小説ではなく、
重層的な風景描写にリフレインされる思いこそ、
読み手の心に残されるものだと思う。
森の木立を想いながらご一読いただきたい作品です。